天保通寳 雑録
昔家にあった天保通寳、これも紐で結んで持ち運ばれた。紐は緡 初めて見た漢字 「さし」とよんで、「さしたば」緡束。天保通寳は一枚百文にあたり、明治の初めでも八厘として通用したそうです。
「…天保銭の翼 はね が生えた、緡束を両手に、二筋振って、きおいで左右へ捌いた形は、空を飛んで翔 か けるがごとし。」泉鏡花 薄紅梅 より。 最近両親の戸籍、出生の載っているもの、を読む機会があったので、そこから、さらに祖父母の生年月日をまとめると。 父方 祖父 明治14年3月17日 祖母 明治22年6月15日 母方 祖父 明治27年12月25日 祖母 明治37年10月16日 筆書きで読みとくのが難しいところもある。変体仮名も名前に使われている。家にあった天保通寳と寛永通寳はどちらかの家から伝わったものかも知れません。明治時代の八厘で何が買えたのやら。
by ranastacia
| 2023-03-17 10:10
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